第二十二章 ラッキーストライクのこと
甘ったるいような実にいい香りがする。こんなにうまいタバコは生まれて初めて喫った。
見渡す限りの畑を見渡しながら一服する間もなく遠方で「ダダダダダダダ!」っと機関砲の発射音と爆音が聞こえてきた。「退避!!」一斉に雑木林の中へ。「畜生!来やがったな!」どこかの農場が敵機に発見されたようだ。近頃はうかうか作業もやっていられない。畑には事もなげに陸稲とかトウモロコシがそよそよと風に揺れている。
明日の戦闘の糧は着々と増産されつつあり、作物の一つ一つに愛着を感じる。
一服といえば、前章でも述べたようにタバコがわが農園の誇るべき作物として栽培された。陸軍の官給品「ほまれ」もラクネ時代に姿を消し、タバコの不自由さには苦しめられた。なんでもそうだが無いとなると無性に喫いたくなるものである。
ツルブでは何処から手に入ったものか、米軍の「ラッキーストライク」やラクダの図案入りの「キャメル」をもらった。甘ったるいような実にいい香りがする。こんなにうまいタバコは生まれて初めて喫った。煙が喉を通過するときの感触は今でも忘れない。
悔しいが「ほまれ」の味とは月とスッポンである。滅多に手に入らないとあって半分に切って敵を煙に巻く思いで喫ったものだ。
ブッシング、マーカスにかけても時折お目にかかったが、タバコに植えていた私にはラッキーストライクやキャメルは貴重な喉の薬であった。しかし一度いい思いをした後の喉は贅沢になりタバコが切れると異常なほどニコチンを欲した。
ある時は、針葉樹の生葉を紙に無造作に巻いて火をつけた。チリチリと音を立てて鋭い刺激が喉元を通過する。煙であれば葉を選ばなかった。生葉だからすぐに消えてしまう。また火をつける。まさに狂気の沙汰だ。
現地自活農場にはタバコの葉がそよぐ。誰が、いつごろ、どうやって日本内地から種子を持って来たのだろう。各部隊には収穫の終わったタバコの葉が縄で吊るして乾かしてある。褐色になった葉にボツボツと斑点が見える。
圧搾口糧(麦製品)の中に入っている固形の砂糖を溶かし、この中に葉をつけてから又乾燥する。ラッキーストライクやキャメルから得たヒントである。砂糖に浸してから乾かした葉で巻いたタバコは甘い味がしてうまい。タバコ巻器まで考案してニコチンに不足しなくなった各部隊には活気が漲ってきた。農場にはタバコの栽培が増える。
ノースアメリカンらしい爆音が今日も聞こえるが、現地自活で得られた食糧と嗜好品さえあれば明日の敵上陸もくそくらえだ!
タバコをやめて三十年近くになる私だが、今でも時折タバコの煙が喉を通る夢を見ることがある。ラッキーストライクやキャメルは今でもアメリカのタバコの中にあるのだろうか。