第十一章 マングローブのこと
ブッシングあたりの南海岸は湿地帯がずっと続いており、しかも波打際近くには無数の黒誚が腕組みをしているように不気味なマングローブが張っている。ちょうど手の平を下にして指先を曲げた形のこの部分は植物学上では幹なのか、根なのか知らないが実に固い。網の目のようなマングローブの下には油の浮いたような水がどんよりと淀んでいる。素足でもつけようものなら直ぐに皮膚病になりそうである。
われわれ将兵は移動のたびにどれほど悩まされたか知れない。この上を渡ることは当然行動を鈍らせ、軍靴の底の破損を早める。ある者はすき間に足をすべらせ捻挫した。
ある日、私の同期生Y君は、マーカス岬附近の敵情偵察の命を受け、兵二人を伴ってブッシングを東へ向けて出発して行った。おそらく途中ルビオ河やアリイ河を渡りテイホ岬を経て東進していったのだろうか。遂に音信不通となってしまった。マングローブに悩まされ、ジャングルを切り拓きながらどこでどうなったものか哀惜にたえない。
遥かマーカス岬方面がさわがしくなってきた。