第十八章 熱帯魚のこと
川といえば、転進中にニューブリテン島には三種類の川のあることに気がついた。 一つはブッシングあたりでみられた川のように河川敷がなく両岸がうっそうとした不気味な川である。ワニも現れたし、見るからに熱帯地方によくあるそれである。大発のかくし場所には好適だったが、敵機が川沿いに超低空で爆音をおとして奇襲してくるのには悩まされた。
もう一つの川は転進中に水筒を満たしてくれた、澄んだ川である。のどが渇けば常に水筒の水が飲めた。川に着けば古い水を捨てて入れ替えたものである。何がなくても天然の川の水こそわれわれの生命を守ってくれた。
このような川を覗くと、そこには南国の楽園があった。川底の方に可愛い「エンゼルフィッシュ」や「グッピー」たちが、のどかにすいすいと泳いでいる。水がすごく澄んでいて川藻のゆれる動きが手にとるように見え、太陽の光でいろいろに色が変わる。血みどろの戦闘などどこ吹く風である。水筒の水として汲むのには魚たちがかわいそうであった。
三つ目の川とは、涸れ川のことである。東部に進むにつれて遭遇した不思議な現象であった。おそらく大雨が続くと大きな川にもどるであろう水なし川である。上流から流れてきたものと思われるが、人骨を想像させる白い枯木で、何万年もの肌をさらして転がっている。
人跡未踏の奥地とは、こういうところなのかと思う。
朽ち果てた大木が横たわり渡ろうとするとグズグズとくずれて疲れ切った足元をすくわれる。白い枯木をまたげば中途で折れて転倒する。
清澄な川の中で外敵の心配もなげにすいすいと泳ぐ熱帯魚とわれわれの姿の何と対象的なことか。