第十二章 戦場異常心理のこと
果たして十八年十二月十五日未明、米海兵師団の一個戦闘団が、猛烈な艦砲射撃と爆撃の掩護のもとにマーカス岬付近に上陸した。
ニューブリテン島に最初の足跡を許したのである。
マーカス守備隊となるべき小森少佐の指揮する歩兵第八十一連隊は所在の部隊を収容して善戦した。
一方、ブッシング付近を警備中わが戸伏大隊は、十七日午後「本夜暗ヲ利用シ、舟艇ニヨリマーカス岬ニ逆上陸シ、所在ノ敵ヲ撃滅スベシ。」との命をうけ、同日夜大隊長以下二百四十五名は七隻の大発に分乗して逆上陸を敢行することになる。
アラウェ諸島内に入った舟艇は、マングローブやさんご礁を避け竿で水深を測りながら減速ののろのろ運行に入る。内海には、なんと米軍上陸用舟艇が約三十隻ばかり並んでいる。
全員固唾を飲む。背筋が走る。発見されたらおだぶつだ。一方では早る心も働いて大隊長の顔色をうかがった。幸い発見もされず静かに通り抜け、十八日払暁、まだ夜も明けやらぬころオモイ付近に到着した。突如として島影から二隻の米舟艇がわが軍を知らぬかのようにポンポンと近づいて来るではないか。いよいよ発見されたかと思った。全員鉄帽をかぶった頭をすぼめる。ところが、俄然わが舟艇から機関銃を発射しはじめた。他の舟艇からも一斉に火力を集中。とうとう独断でエンジンをかけて追跡を始めてしまったのだ。あわてた敵の二隻は急遽回転して遁走してしまった。(米軍戦史によると撃沈されたとある。)大部分の将校がフィリピンのバターン半島攻略をやってきた勇士であるが、こういう場面に遭遇すると冷静さを失い、早る心を抑え難く突っ走るものだろうか。
オモイ付近に上陸を開始する。いよいよ目的の戦場に到達した。南方といっても朝方は涼しい。緊張が重なって武者震いがする。しきりに尿意を催す。大隊本部附きの私は戸伏大隊長と各中隊の連絡をとるのにもぎこちなさを禁じ得なかった
上陸部隊を掌握しつつある間、不幸な事態が発生した。一期後輩のO小隊長が拳銃を発射したりして様子がおかしい。その後異常のままマーカスの野戦病院で亡くなってしまった。初陣で異常とも思える戦場心理の犠牲になったわけで、かえすがえすも残念なことだった。
こうして又ジャングルとマングローブの湿地を切り抜けてマーカス岬の敵の背後へ廻り、歩兵第八十一連隊小森少佐の指揮下に入って敵陣地攻撃へと移行するのである