戦陣の断章

おそるおそる閣下に軍刀拝眉のお願いをしたところ・・・

第六章 真野兵団長と軍刀のこと

在ツルブ中、光栄にも兵団司令部で兵団長真野中将閣下の身辺で勤務することになった。閣下の宿舎で奉仕することは気がつまる。閣下ばかりでなく大姑、小姑の高官が大勢おられるし、隷下各部隊長の出入りも多いからだ。

私は椰子の木と竹をかつらでしばって作った閣下のベッドの下で寝起きした。公私共に奉仕をする職とはいえ将軍と下級将校の格差に最初は暑さと堅苦しさで寝つかれぬ夜が続いた。「鞄持ち」という言葉があるが、閣下のお伴をするときよく軍刀をお持ちした。将官用の黄色の刀緒がまぶしかった。ずっしりと重量感のある将軍の軍刀は一度拝眉の栄に浴したい欲望をそそったものである

ある日おそるおそる閣下に軍刀拝眉のお願いをしたところ快諾されたので古流に従い抜刀をした。光彩を放って抜かれた刀の刀身はなんと両刃だったのである。しかも鍔のすぐ上には両面に鮮やかに登り龍と降り龍の彫刻が刻してある。銘をお聞きしたところ正宗とのこと由緒のある名刀であった。数多くの軍刀に接してきたが、そりのある両刃の軍刀は初めてである。河兵団長(第四十一師団)としてニューギニアのウエスク地区で終戦を迎えられたあとのあの見事な軍刀はいったいどうなったのか惜しいことである。

追記:
戦陣の断章「外伝」第三十話「両刃の軍刀」