第二章 ラバウル螢のこと
次いで、連隊長中島大佐、兵団長真野中将閣下に着任の申告、その他関係将校のみなさんにあいさつを済ませ、第一大隊の将校用にあてがわれた宿舎に落ちついた。
福山で候補生だったころ、不寝番に立っていたときに週番士官から気合いを入れられた思い出があるが、そのS少尉も一足先に来ておられた。
世話になったM上等兵とも再会できてうれしかった。下士候出身の張り切った上等兵でわれわれ候補生を親身になって鍛えてくれたものである。
顧みると日本離れること南へ四五〇〇キロ、昨十七年暮の十二月二十八日に宇品を出向して以来、敵の空海からの来襲をかわしながら過ごした二十八日間の輸送船暮らし。やっと辿り着いたこのラクネの地で懐かしい面々とお会いできるなどというのもあるいは奇跡であるといっても過言ではなかろう。
到着した一月十四日のころのラバウル港にはまだまだわが海軍の艦艇がひしめいており、戦艦「武蔵」も入港したそうだ。空にはラバウル海軍航空隊の花形ゼロ戦や一式陸攻が編隊を組んで出撃していった。たのもしい限りだ。
輸送船から小舟艇に乗り換えてラバウル港の丸木桟橋に上陸するまでにカナカ人のカヌーに出逢い、異国に来たという実感といよいよ戦場に着いたとういう緊張感を覚えた。
輸送船の中は、船独特の暑さが加わって暑苦しかったが、上陸したラバウルの空は澄みわたり、さわやかな暑さであった。
田の浦道に出るまで何回か椰子の実を割ってもらい中の水を飲んだ。まさに熱帯の味だ。
ラクネに着くまでに何人かのカナカ人に会う。
椰子の葉で器用に編んだカゴをかかえ、口からは赤いつばをペッペッと吐く。ビンロウジュの実を噛んでいると赤くなるのだという。嗜好品とはいえ不潔なものだ。
東の空高く空中戦をやっている。ゼロ戦とグラマンでもあろうか。
血生臭い戦場とのどかなカナカ人の風俗との対比がおもしろかった。
遥か北にワトム島が霞み、更に遠くにはニューアイルランドと思われる島影が見える。
部落は小奇麗に整理され、周辺にはハイビスカス、ブーゲンビリア、ダリア、トウガラシなど南国の植物が原色の鮮やかな花を競っている。バナナやパパイヤの樹もチラホラ見える。
ここが戦場なのだろうかとかいかぶった。
ラクネの生活は三段跳びにたとえれば、「ホップ」であろう。海岸まで魚やヤドカリ採りに出かける余裕もあった。名も知れぬ魚に舌鼓をうつ。
ラクネの夜は静かである。かすかに波の音が聞こえる程度で時折野鳥がけたたましく啼く。
ラクネでの圧巻はなんといっても「ラバウル螢」であろう。日本でいえばネムの木に属するであろうマンゴーの大木に何億匹という螢が棲息していて、一斉に点滅する。日本の螢の三〜四倍光を放つであろうか。光ったときは大木の形がはっきり見える程である。中には休憩しているものもあるのだろうが、まさに南国の一大ネオンサインである。この世ならぬ美しさに一瞬戦場にいることを忘れさせてくれる。
さすがの南十字星のロマンも顔まけである。
このような楽園で血生臭い戦争をやるのは非情とさえ思ったものだ。
朝、目が覚めると静寂を破って「ポッポッポッポッポッポ」という可愛いい小鳥の声が聞こえる。六階の音程をつけて鳴くこの独特の声は今でも耳の奥底に残っている。
見るもの聞くものすべてが珍しいこの南国の楽園では今戦闘が行われ、これからますますその激しさを加えようとしている。 明日からいよいよ訓練に入るのだ。