戦陣の断章

敵情偵察のために斥候を命ぜられ・・・

第十六章 方向おんちのこと

軍装のほかに生活用具まで背負い込んで北へ北へと道なき道を歩く。要所要所で後続部隊のために樹に傷をつけ、通過日時を刻んだり、大きなミョウガのような葉を何本かおりまげたりして進んだ。

暑い。

装具が肩に食い込む。若さとはいえ、飢餓に近い栄養状態でジャングルを切り拓いての行軍だ。おそまつな地図と先に行った部隊の残した目印をたよりに部隊は黙々と進む。アガリバチネの可成手前で私もとうとう伸びてしまった。目はくらみ足がもつれ口が渇く。落伍したらおしまいだ。たまりかねて軍医にたのんでビタンカンフルの注射をしてもらう。目がさめるほど痛い。元気をとりもどす。ビア川を渡河し、ようやくコメットに到達した。これで西部ニューブリテン島を横断したわけだ。ここから舟艇で移動する予定だったが、舟もなく兵站も引揚げてもぬけの殻だった。一同がっかりして気をとりもどし、北海岸沿いに東へ東へとあてもなく足を動かす。もう何日歩いたのだろうか。

タラセア付近に敵の動きが活発になったとの情報がはいる。

ある日私は敵情偵察のために斥候を命ぜられ、兵二人を伴って休憩中の部隊より一足先に出発した。

私は生まれつき方向おんち。

三人が頭とカンを出し合ってジャングルの中を進む。どこから敵が顔を出すか分からない。爆音が遠くに聞こえるザワザワと雑草を押し分けようとするが、丈の高い刺のある葉がからんできていらいらした。ジャングルの中では太陽もろくに見えず、なおさら方向が定かでなくなってしまう。「何か話し声が・・・・」ハッと首をすくめて静止する。風に乗ってたしかに人の声らしいものが聞こえてくる。私は軍刀のつかに手をかけ、兵は静かに銃の安全装置をはずした。固唾を呑む。手が小刻みに震えた。

だんだん人の声が大きくなるに従い度胸も坐ってくる。しかになにかしら声の内容が敵にしてはおかしいふしが出てきた。
「どうも日本人らしいですな。」
「うん・・・」

「あっ」と驚いた。なんとわが大隊の将兵ではないか。私は一瞬ためらった。何の目的で斥候に出たのか分からないではないか。然しこれはいったいどういうことなのか自分でも判断がつかない。可成の時間うろうろとジャングルを歩きまわったあげく方向を失って一回りしてきたことになるのだ。

あらためてジャングルのおそろしさを知ったが、大隊長から大目玉をくったことはいうまでもない。