Diary No.33「地獄道」
「カ号作戦発動に基づき西部方面各部隊は早急にラバウル周辺に集結すべし」 との命令に接し、これまで玉砕覚悟で奮戦していたわれわれ戸伏大隊、 ツルブで健闘していた連隊主力は心ならずも守備地を離れてラバウルへ向けて転進を開始した。 しかしながらわれわれマーカス岬組は、 兵器以外には食糧とて皆無の状態である。 簡単な現地作製の地図では、ラバウルまでどのくらいあるのか、まして道らしい道もない ジャングルをどうやって歩いて行けるのかも検討もつかなかった。 大発動艇は、既に無いとの情報。となると何日かかろうと否が応でも歩くほかない。 一同覚悟を決めた。上層部を恨んでも始まらない。 戸伏大隊長をかこんで具体策をねった。 病人の扱い、ジャングルに入ってからの列前後の連絡方法、突然の対敵策、 食糧の調達などである。なにせ未知の道。何日かかるか・・・ ニューブリテン島中央を走る山脈を横断し、北岸に出る手前で最初の宿泊地に着くや 蚊の大群。こりゃかなわんと海岸近くまで足を伸ばした。(既報) 宿泊地が決まると、まず仮の小屋作り。兵は分担して大きな葉を切り集めて囲いと屋根を葺く。 別の兵は椰子の実、バナナの芯など食べられるものを集めてくる。 みんな生命にかかわることであるから真剣である。土民の所有の物からよく手に入れてきた。 (考えれば窃盗である。酷なことをしたものだと思う。) 後で聞いた話によると土民は、椰子の樹10本あれば一生食いはぐりがないとのこと。 戦友会でも「転進中の話は尽きることはないし、その真の苦労は話しても相手に伝わらない。」 との話題。全くこのとおりである。 毎日、上記のことを繰り返すことになるが、途中大きな河に大木を切り倒して橋を渡したり、 河口を手をつなぎながら渡ったり、浅い河は膝まで浸かりながら渡ったりと、 まさに筆舌には尽くしがたい転進だった。 途中、落後した兵の屍骸、自決の銃音にどれほど遭遇したか・・。 当初何日かかるかと危惧したが、よく命令を遵守して目的を果たし、 約2か月を要してトーマ地区に到達した。 この間、何人の犠牲者が出たか計り知れない。 この地獄のような転進で犠牲になった多くの戦友には改めて冥福を祈りたい。 ラバウル地域に集合した戦力は、在住部隊と合わせて約8万。 最後まで敵の上陸を許さなかったことでもって瞑すべしと言うべきか。 (終戦時には周辺の島からの部隊を含め約10万の兵力になった。)
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