一段落したわれわれ「カ号作戦」下番部隊も次第に落ち着きを取り戻した。
あの辛かった永い悪夢、シナップから踊る心を抑え、先着隊員(南雲詩著者古守氏も迎えに来ていたそうだ)に迎えられて崩れ落ちるように到着したあの日が 走馬灯のように脳裏を駆け巡る。西にバルチン山を仰ぎ、北へトーマの三叉路を過ぎれば西ゴム林、南東へウエイリキ、百数十メートルもあろうか深い渓谷。
ハイビスカスの花やらブーゲンビリアの花が咲き競い現地人部落にはトウガラシの実が真っ赤に熟している。マーカス岬の戦闘から「カ号作戦」への生き地獄の世界からみれば まさに天国ともいうべきか。カナカの原住民はカゴを抱えてビンロウジュの実をカンではペッペッと赤いつばを吐く。ラクネ以来の光景がここでまた再現された。 しかし、これもつかの間、明日の敵上陸にそなえて兵団は再び猛暑の訓練に入る。訓練の後の入浴がこれまた一つの楽しみである。戦塵を落とすという言葉がまさにぴったりだ。
戦場での浴槽は、言わずと知れたドラム缶風呂である。将校宿舎専用の風呂場もジャングルで遮断された裏の方に三本ほど簡素に造られていた。 四角っぽい石二個の上にドラム缶を置き、中には四角い板を入れた戦場用五右衛門風呂。傍らに簡単な洗い場を備えたという中々風流なものだった。 先着順に入浴を済ませ私の入る番が来た。少しぬるくなっていたし、湯の量も少なくなっていたが我慢した。ドラム缶をまたぐと少しぐらぐらしていた。 二つの石の上に簡単に乗せた風呂だから当然だろう。ドラム缶だから中でしゃがむとやや狭い。いい気分だ!湯が少ないから丁度首のところまで浸る。
洗ったりして三度入って汗を流した後出ようとして立ち上がろうとした時、またぐらぐらした。片足をまたいだ瞬間、アッ!と喉が詰まった。 湯の量が減ってドラム缶が軽くなっていたのと、土台石がぐらついていたこともあったのだろう。傾いたドラム缶は復元せずに片足を跨いだまま ドラム缶ごとドドド!っと倒れてしまった。アイタタタ・・・したたか腰の辺りを打ったらしく、動けなくなってしまった。一瞬恥ずかしいやら壊した事の責任やらでゾッとした。
近くにいたS主計少尉ほか何人かがどやどやと駆けつけてきた。「血が出ている!!」私は腰の辺りを恐る恐るさすってみた。べっとりとした感触がして手を見ると 真っ赤な血である!ドラム缶の縁の切り口で切ったらしい。肘はすりむくし腰の所がベロベロに皮が離れている。
男の世界。別に恥ずかしい事ではなかったが、なんともみっともない怪我をしてしまい、軍医さんに大変ご迷惑をかけてしまった。 まかり間違ってタマでもやられていたら戦わずして一巻の終わりだったろう。今でも腰に大きな傷跡が残っており当時の「残状」が偲ばれる。