ジャングルを切り開き、海辺の砂を歩き、河口を渡り黙々と歩みは続く。
辛さに負けて自由行動をとり始めたらそこには死が待っている。
きついけれども部隊から離れてはならぬ。飢餓と疲労は誰でも同じであり、暑さは我々を平等に苦しめるのだ。自分との戦いである。
隊伍は日を追うに従って長くなる。休息後の「出発準備!!」の号令の頃ようやく辿り着く者が出てくる。休息する間も無く又歩く。足には熱帯性潰瘍が出来て ヒリヒリして靴も履けぬ物が続出した。もっとも靴も底がパックリあいて使い物にならないのだ。
海岸線を進むほうが方角の点からも確実なので勉めて海に出た。然し沖には敵潜航艇の目が光っている。発見されれば飛行機からの銃撃につながり 又山奥へと入り込む。
北海岸には多くの河川が流れ込んでおり何回か河口を渡った。銃火器や軍刀を高く掲げて手を繋ぐ。うねりが顎の辺りを大きく上下して気味が悪い。 夜は小屋で休息をとるが、まずは足の手入れだ。熱帯潰瘍をよく乾燥して労わる。
朝、「出発」の号令と共に歩き始め、ものの五十メートルも行かぬうちに河口に行き当たり、せっかく手入れした足が又濡れる。 雨にあたり、海を渡って衣服がぐっしょりになればよく絞って着る。着ているうちに乾いてくる。
食べる物が無いといっても何かしら煮焚きする時には川のある所を選ばねばならない。そこは先に転進して行った部隊の寝起きした所が多く、 その周辺には根も力も尽き果てたと思われる無残な姿の戦友が数多く横たわっていた。いずれも最後の最後まで生きるための力をふりしぼった事だろう。
我々はラバウルに集結するために、これら草むす屍を乗り越えていかなければならない。
急流の河を何回渡河したことか・・・河・・・そしてまた河にぶつかる。橋が無いので渡河出来そうな場所を求めて上流へ遡る。体力の限界を知り強行突破を断行する。 泳げない者は達者な者の帯革につかまり足をバタバタさせて泳ぎつかせてもらう。あるときはイカダを作って渡り、あるときは対岸に届くであろう 大木を一日がかりで切り倒したが遂に届かずじまいだったこと・・・渡河に纏わる悲劇は尽きない。
今日も又川にぶつかった。幸い先に転進した部隊がかけてくれたであろう直径七十センチほどの大木が渡してある。川幅は二十メートルもあろうか。 先頭から渡り始めた。物凄い急流である!体の中心をとりながら恐る恐る渡っていく。私も同じように渡り七〜八メートルも進んだ頃前の者が僅かに止まった。 私はヒョイと下を見た。その時、足元がぐらつきめまいがして、どっと倒れ、そのまま川へ落ちてしまった!「アッ!!」という間もなく 上になり下になり流れてしまった!最小限度まで減ってしまった装具ではあるが、ゴム袋で包んであるからたまらない!体がふわりと浮いてしまう。 川の中は凄く澄んでいて川底の大小の岩がよく見えた。軍刀を何回か岩の間に差し込んだのだが、流れで払われてしまった。 かすかに「隊長が流されたあ!!」という川沿いに走っていくような声が聞こえた。浮いたと思うと又下に沈む、上向きになり、下向きになり必死に軍刀を差し込む。 不思議な事にあまり水を飲まない。溺死する時はこんな具合になるのかなと思ったりした。意外に冷静だった。
急に体が引き寄せられたかと思うと、これまで二メートル半はあったであろう水深が急に浅くなったので、ここぞと大きな岩にかぶりついた。 川がくの字に折れた所だったのだ。やっとの思いで這い上がったが、目がくらみ当分は動けなかった。あれで百メートル位は流されたのだろうか。
ようやく部隊に急追し、又も着干しで元に復したが、「金槌」の情けなさ。笑われても弁解のしようもなかった。九死に一生を得たのだが、戦闘外のこととてお話にもならない。 重要書類は何とか死守(?)し得たが、軍刀は鞘の中が完全に濡れてしまい、この日以来サビ防止に余計な労力を掛ける事になってしまった。
毎年、水泳の時期が来ると「金槌」の私には当時の事が思い出されて良い納涼となる。